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大坂城

大坂城(大阪城、おおさかじょう[1])は、摂津国東成郡大坂(現在の大阪市中央区の大阪城公園)にあった安土桃山時代から江戸時代の城である。別称は金城あるいは錦城で、大坂が近代に大阪と表記するように改まったために、現在は大阪城と書くことも多い。

通称「太閤さんのお城」とも呼ばれているが、城跡に現存する櫓や石垣などは徳川氏、徳川幕府によるものである。

大坂城は、上町台地の北端に位置する。かつて、この地のすぐ北の台地下には淀川の本流が流れる天然の要害であり、またこの淀川を上ると京都に繋がる交通の要衝でもあった。戦国末期から安土桃山時代初期には石山本願寺があったが、1580年(天正8年)に焼失した後、豊臣秀吉によって大坂城が築かれ、豊臣氏の居城および豊臣政権の本拠地となったが、大坂夏の陣で豊臣氏の滅亡とともに焼失した。徳川政権は豊臣氏築造のものに高さ数メートルの盛り土をして縄張を改めさせ豊臣氏の影響力と記憶を払拭するかたちで再建したとされる。幕府の近畿地方、および西日本支配の拠点となった。姫路城、熊本城と共に日本三名城の一つに数えられている。
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現在は、昭和初期に復興された天守と櫓や門などが現存し、城跡は、国の特別史跡に指定されている。

1583年(天正11年)、安土桃山時代に石山本願寺の跡地である、上町台地に、豊臣秀吉が築城を開始した。

完成に1年半を要した本丸は、石山本願寺跡の台地端を造成し、石垣を積んで築かれたもので、巧妙な防衛機能が施された。秀吉が死去するまでに二の丸、三の丸、総構えが建設され、3重の堀と運河によって囲むなどの防衛設備が施された。天守は、絵画史料では外観5層で、外壁などに金箔をふんだんに用いた華麗な姿で描かれている例が多く、それに則した復元案が出されている。大阪城の普請中に秀吉を訪問し、大阪城内を案内された大友宗麟は、大阪城を三国無双と称えた。

築城者である秀吉自身は、京都に聚楽第、伏見城を次々に建造し、大阪城よりもむしろそちらに居城した。秀吉死後の1599年(慶長4年)、秀吉の遺児豊臣秀頼が伏見城から完成した大阪城本丸へ移り、また政権を実質的に掌握した五大老の徳川家康も大阪城西の丸に入って政務を執った。

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2009年05月31日 07:59に投稿されたエントリーのページです。

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